2022.06.22

経営理念「地域に役に立つ」・・・【トップインタビュー vol.4】

とあるコンサルティング会社が、世界の企業を対象に「創業年数が100年以上・200年以上の企業数」をリサーチした調査によれば、創業100年以上の企業数を国別に見ると、日本が堂々1位(3万3076社)で、世界総数8万66社の41.3%を占めているという結果が明らかになった。

どうして日本ではこんなにも長生きできている企業が多いのか。その理由は定かではないが、日本では古くから企業理念や経営理念と呼ばれる“理念”を軸に経営してきた企業が多く、そこに最大のヒントがあるのではないかと言われている。

今年創業から115年目を迎える当社の経営理念について、阿部社長の言葉を通してその真意にふれるトップインタビューも、2019年の1回目から数えて今回で4回目となる。今回は、当社が経営理念の3つ目の項目「私達は地域に役に立つ企業を目指します」について、そこに込められた想いや意味、そして独自の取り組みまで余すところなくお聞きすることができた。


私たちが生き 生かされている 地元を強く意識。

「私達は地域に役に立つ企業を目指します」という経営理念は、世の中に対する想いではあるものの、「世の中に役に立つ」でもなく、また「社会に役に立つ」でもなく、「地域に役に立つ」と表現されている。

阿部社長は、「我々が生き生かされている“地域”と限定して表現しました。地元を強く意識しています」と語る。そこには、阿部社長のどんな想いが隠されているのか。

阿部社長:「 “社会”と言うと、ボヤけてしまってわからないんですよね。私の中で大きすぎて、広すぎて、捉えどころがなく、絵面がまったく頭に浮かんでこないんですよね。それが、“地域”と言うと途端に、葉山・月山・朝日岳、こっち側に蔵王が見えて。山形の田園風景があって、山を越えれば仙台の街並みがあって。はっきり見えてくるんです。そして、そこで活動するお客様の顔が見えてきて、そこで暮らす従業員の暮らしが見えてきて、非常に大切にしたいと思うものが、すべて絵としてちゃんと頭に浮かんでくるんです。だから、あえて“地域”としたんですよね。この“地域”には、広義で言えば支店のある仙台も入ります。この“地域”でこそ、お役に立ちたい」

約2年前に田宮印刷・フロットのブランドコンセプト「山形・仙台という地域に根ざし、地域企業と共に考え、共に歩み、共に成長しつづけるパートナーシップ。」を構築していく際には、やはり「地域」という視点を相当意識してつくり込みが行われた。確かにその時、いちばん最初に目に浮かんだのは、自身の足元からひろがる地域であり、いままさに担当しているお客様の喜ぶ顔だった。

そして、阿部社長の言葉にじっくりと耳を傾けてみると、阿部社長が考える「地域に役に立つ」の意味は、とても広く、とても深いことが伺える。


社会的責任、 そして社員教育。

阿部社長:「「地域に役に立つ」というのは、大きくは2つあります。まず1つ目は、「企業が存続することにより、企業として地域に役に立つこと」です。企業がそこに存在しているということは、何かしらの責任をそこで果たし、または果たそうとしています。たとえば、地域のお客様・お取引先の役に立つことで売上を作り、「納税」することも地域に役に立つことですし、「雇用(採用)」も地域に役に立つことです。また、当社では「環境方針」を策定しており、自然豊かな山形の環境を守り、豊かな社会づくりに貢献することも、地域に役立つことにつながっていきます。当社は、お客様・従業員・消費者・投資者などあらゆるステークホルダーに対して、また自社を取り巻く環境に対して、適切な意思決定を行う責任があり、しっかりとその責任を果たしていきたいと考えています。それから、2つ目が「我々の事業で地域に役に立つこと」です。お客さまのニーズに、印刷技術や課題解決力でしっかりと応えていきます」

ここで語られている社会的責任については、田宮印刷・フロットの両WEBサイトでそれぞれ「CSR」の項目が設けられ、「コンプライアンス」「環境」「情報セキュリティ」「個人情報保護方針」「品質」「雇用・労働安全」「財務・業績」「社会貢献活動・地域志向」「情報コミュニケーション」という9つの項目を立てて詳細に示されており、これらも併せて目を通すことにより、より当社の社会的責任に対しての理解を深めることができるだろう。

そして、さらにもう一つ。阿部社長の考える「社員教育」。ここに、「地域に役に立つ」の意味の深さがある。

阿部社長:「自社の社員教育も、「地域に役に立つ」ことだと考えています。従業員は地元の方々で、会社を離れるとそれぞれの地区民であり、家族の一員です。当社の経営理念の一つ目に掲げている「私達は働き甲斐のある会社を目指します」では、仕事を通じた人間的成長を踏まえた働き甲斐の実現をめざしています。そうして仕事を通して人間的成長を積み重ねた従業員は、地域・家庭に戻れば、その力をしぜんと発揮することでしょう。そうすれば、会社から離れたところでも、さらに人間的な成長ができ、双方で良いスパイラルに入っていけると思っています」

この社員教育という視点では、実際にあった話として「ある社員が社内の委員会活動で委員長を務めていた当時、突然PTAで仕切り役を任された際に、委員会での仕切りがとても役に立った」という例え話を、阿部社長が挟んでくれた。会社でやっていることが、地域や家庭でやっていることにちゃんとつながっていることが示された、とてもわかりやすい例だろう。

そして先述したように、“世の中”でもなく、“社会”でもなく、PTAという“地域”に役に立つ一例を目の当たりにしたことで、阿部社長が意図して選んだ「地域」という言葉の意味の深さが明確になってくる。

このように、会社も地域も家庭もスパイラル的に良くなっていくことが、会社における「社員教育」で最も重要だと、阿部社長は考えているという。そして、「社員教育は、社会教育活動でもあると思っています」と力を込めた。

阿部社長自らも、こうした考えを持つようになってから、自宅周辺の道路清掃や河川清掃、駅清掃、除雪作業などに積極的に関わっているという。

阿部社長:「こういうことを考えるようになって。どんな行動を起こして、地域のために何ができるのかという。少しでも踏み出そうと思って、いろいろと活動しています」


STUDIO TANE. という地域貢献のカタチ。

さらに田宮印刷・フロットでは、「地域に役に立つ」取り組みの一環として、地域貢献プロジェクト「STUDIO TANE.(スタジオたね)」を展開している。「デザインの力で、山形の中小企業を元気にしよう」というコンセプトのもと、時流に合わせたテーマを設定し、セミナーや講義・ワークショップを通して、中小企業の経営者のみなさまと共に学ぶという主旨で2017年11月にスタートし、2022年2月までの約4年間ですでに開催7回目を数えた。

阿部社長:「当社の地域貢献については、菅野隆会長といっしょに十数年前からずっと、「我々田宮印刷の地域貢献とは、何なのか? 何ができるのか?」ということを考えてきました。その当時は、地域活性という言葉もよく使われていましたよね。そんな時にある本に出会い、「地域活性とは、そこに暮らす人の年収があがることだ」と締めくくられていました。つまり、地域の企業が利益を出し、従業員の年収が上がって、経済的に潤うことで、その地域から物を買い、その地域に投資して、その地域が持続可能になっていくという考え方です。それを読んだ時に、そうだとすれば、我々が強みとするデザインやブランディングを軸に、情報提供やセミナー開催を行い、お手伝いすることで、地元の中小企業が課題解決でき、売上が伸びていって、その結果従業員さんの給料が少しでも上がれば、それが地域活性につながるんだと。これが、STUDIO TANE.のアイディアの原型です」

そして、今後「地域に役に立つ」取り組みをさらに進めていく上で、けっして避けては通ることのできない、地域最大の問題である人口減少についても、話は及んだ。阿部社長は「人口減少は、我々には解決できない問題」としながらも、「働き甲斐のある安定した雇用の確保」「若い世代の結婚・子育てに関する希望を叶えるための企業努力と仕組みづくり」「多様な人材(若者・高齢者・女性・障がい者・外国人)の活躍を推進する」「山形県への新しい人の流れ(文化・食・観光・イベント)をつくる支援」「持続可能な街づくりに協力する」といった課題をいくつも挙げ、むしろ前向きに取り組んでいこうとしている。

阿部社長:「山形県は、人口減少の一途です。自然現象(死亡数の増加・出生数の減少)と社会減少(進学・就職時の若年人口の県外流出)の双方の要因により、人口減少が拡大しており、今後急加速が懸念されています。このままだと現在108万人の人口は、約40年後には59万人まで減少すると予想されています。しかし減少傾向を少しでも鈍化させるために取り組むべき“課題”はいくつもあります。こうした課題解決に対して、当社も微力であっても積極的に取り組んでいこうと思っています」


そうして、インタビューも終盤に近づく頃。阿部社長から放たれた一言に、私たち社員が「地域に役に立つ」を実践していくために、まずはどういう心持ちで行動すべきなのかを示すヒントがあるように思えた。

阿部社長:「「地域に役に立つ」という言葉なんですが、私の場合、地域のために働いているのではなくて、地域に役に立ちたいっていう自分の気持・想いを達成するために働くっていうんでしょうかね。地域に役に立ちたいっていう強烈な想いがあって、そういう自分の想いを実現するために、働いてほしいと思いますよね。仕事の場面場面で、これって地域に役に立っていることなんだっていう。少しずつでも…」

近い将来かもしれないし、遠い未来かもしれない。田宮印刷・フロットの社員一人ひとりが普段からこんなふうに日々意識しながら、阿部社長のこの想いに応えることができたその時、経営理念の3つ目の最終行に書かれている「地域に無くてはならない企業」へと、きっと大きな成長を成し遂げていることだろう。

阿部和⼈(あべかずひと)/田宮印刷・FLOT 代表取締役

⼭形県大石田⽣まれ。⼤学卒業後、1988年⽥宮印刷株式会社へ⼊社。営業一筋。本社営業部⻑、仙台支店長、営業部門統括、常務取締役を経て、2019年6⽉⽥宮印刷株式会社および株式会社フロットの代表取締役社⻑に就任。多趣味。